川口市市議会議員 今井はつえの公式サイトです。

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2017-08-31(21:43) 医療・介護 日本共産党

突然、衆議院議員の梅村さえこさんが川口市に宣伝で入ると連絡があり、8月最後の今日午前中、宣伝を行いました。運転は、りみちゃん。アナウンサーは今井。ベストメンバーです。ところが、残念なことに、緊急に、梅村さんは国会へ。

川口市は衆議院小選挙区が2区から15区へ変更になった投票区が4つあります。そのすべてが、芝地域です。今日はその15区に車を走らせ、区割り変更の地域を確認しました。

9月4日から川口市議会がはじまりますので、そのお知らせも。そして来年度から国保の値上げが危惧される事。その大きな原因は国が負担金を減らし続けてきた事。だから国政選挙で、福祉充実を果たす議員を増やしましょう。日本共産党と今野党共闘を進めているなか、野党共闘の統一候補にも大きなご支援を訴えました。

街頭演説最後は、蕨駅東口で、平川みちや衆議院予定候補と宣伝しました。芝地域の後援会の皆さんもたくさん駆けつけてくれました。声が聞こえたから来たという方もいて、本当にうれしい。このような方たちに支えられているのだと思います。

午後からは、介護運営協議会。来年度からの第7期計画の話し合いに入っています。介護職の賃金問題は深刻です。そして人手不足にもつながります。総合事業の報告もありましたが、認知症対策には認知症にならないための対策もお願いしました。

今日は、質問原稿を仕上げたかったのですが、できないですね。夜は、目がしょぼしょぼして見えないので、これからどれだけできるか自信はないです。

明日団会議。また、たたかれます。良い原稿にするために。

サッカー日本。ワールドカップ出場が決まりました。おめでとう!!

今日は生協の配達日。こんなプレゼントが。
農家さんも大変ですね。ありがとうと、頑張ってとエールを送ります。

蕨駅東口宣伝。平川みちや氏と。


2017-08-30(22:18) 雑記

午前中は、質問の原稿づくり。事例を調べたり、国や市の取り組みや政策を確認したり。

コーヒーを作ってPCの横においたり、専門家の本を読み直したり。

家の中をうろうろ動き回って、またPCの前に。

まめは、そのたびに私のそばに座りに来ます。まめがそばにいてくれると、はかどらないけど、心は穏やかです。

夏休みもそろそろ終わり。もうすでに新学期が始まっている学校もあるとは思いますが。

9月1日は子どもの自殺が一番多い日だと、ニュースで報道されていました。

子どもたちの大事な命が、尊重される世の中にするため、私は頑張っているのではなかったか。

誰のいのちも尊重される、世の中にするため、これからも頑張ろうと思います。微力ですが。


2017-08-29(22:51) 国政

今朝は早くから、北朝鮮からミサイルが飛んでくるとか大騒ぎだったようですね。

家は、朝テレビではBSにしているので、気が付きませんでした。

政府はなぜ、不用意に不安を煽る情報をテレビから流すのでしょう。

ミサイルが飛んで来たら、屋内か地下に逃げるように、とアナウンスしていたようですが、北海道では地下鉄が止まっていたと言うではありませんか。危険回避の指示がめちゃくちゃです。

危機管理ができない政府では困ります。

そもそも、原発を狙われたら日本は終わりです。狙わなくても、間違えて原発に落ちたら同じです。

美しい自然を残す努力が、人にも優しい環境です。


2017-08-28(23:49) 市政

今日は月曜日で、定例の市議団会議。

いつものように、活動報告と新川口(団発行週刊ニュース)の編集会議。

意見書の討議。介護、核兵器禁止条約、国保についての意見書を議運に提案するための原案です。

午後からは、一般質問の討議。いろいろ意見をもらい、さらにバージョンアップしなくては。

終了後、担当課に行きヒアリングをしてきました。課長さんからは良いアドバイスをもらいました。

火曜日、水曜日にギアを上げていかなくては。

一生懸命爪を噛んでいるまめ

シャッターを切った瞬間、


2017-08-27(21:00) 平和

戦争体験を話すことが出来るのは、80歳前後以上の方でしょう。

今日、事務所ですいとんを食べながら、戦争体験を聴く会がありました。参加者は、自己紹介をしながら、戦争について話をします。戦後生まれの方も数人いて、聞いた話なども出し合いました。東京大空襲を経験した方。満州に渡って苦労をされた方。そして、疎開した経験を年長のOさんが話されました。戦争体験を話さなければと思ったきっかけは、森友学園の幼稚園児たちが教育勅語を暗唱しているニュースを見た事だったと言います。今まで、語る事はなかったようですが、日本の置かれている状況や日本の首相である、安倍首相が進めていることに対する危機感が、話さなければと駆り立てているとおっしゃっていました。戦後生まれが多くなってきている現在です。私も今聞かなければという思いになりました。

Oさんは、縁故疎開でしたが、幼い弟さんを守らなければと子どもながら思い、大変苦労をしたそうです。

Oさん以外にも疎開の経験がある方がいて、疎開の話が多くの方から出ました。ある方は、夫が疎開した方を受け入れる立場だったけど、受け入れる方にも苦労があったのだという話にもなりました。戦争は人権を守れる状況ではないので、逆の立場であったらと考えれば、理解ができるとOさんもおっしゃいました。

また、戦争に行った人はなかなか戦争中の話をしない。よほどの事があったのだろうと推測できます。

私の父も戦争には行きましたが、内地だったので苦労はしていない。と生前言っていましたが、知人の父に対する評価がそれを否定するのです。医療生協で知り合ったある方は、父の事を「岩井さん(父)と言えば、平和運動だよね。」と言ってくれました。戦争体験から平和の大事さと自分の断固たる決意ができたのではないでしょうか。

私は父の背中を見て育ったはずですので、これからも父の思いを継いで平和を大事にする活動をしていこうと思います。

美味しいすいとん。当時はこんなに具沢山で美味しくはなかったでしょう。

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