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2015-09-04(22:36) 国政 平和

毎年9月4日は、さいたま市常泉寺で追悼会が行われています。

今年は、「関東大震災92周年 朝鮮人犠牲者追悼会」として、歴史教育者協議会から関原先生の「片柳村での朝鮮人虐殺事件と常泉寺の墓」と題して講演がありました。私は、この勉強会は3年目ですが、ずーと思い続けてきた疑問が1つ晴れたこと、そして遺族の方がいたと分りそのお話に不思議な思いがしました。

先ず関原先生の話で、中学校の社会科教科書検定に関東大震災の朝鮮人虐殺に対して「通説的見解がない数字などの事項について記述する場合には、通説的な見解がないことが明示されているとともに、生徒が誤解する恐れのある表現がないこと」という新しい検定基準に基づいて虐殺者数を過小に評価するような検定意見をみつけた。また、自由社の発行する中学校歴史教科書には、関東大震災での朝鮮人虐殺の記述は全くない。教育の重要性を語られました。

また昨年の時には、虐殺であったこの事件には、被告となる村人が、警察署に出頭して自分の行動を述べて「是非恩賞に与りたい」と申し出た事を聞きびっくりしたのですが、朝鮮人が井戸に毒を入れたとか根も葉もないうわさがあったとしても、「恩賞」がもらえると思う事に違和感がありました。

裁判記録や染谷在住の高橋家に残っていた書類から、北足立郡の役所から通知が来ていたことが判明。その通知とは、

9月2日には、群町村長宛てに、不逞鮮人暴動に関する件として「在郷軍人分会、消防隊青年団等と一致協力して、その警戒に任じ、何かあったら速やかに適当の方策を講ずる様。

9月3日から7日まで、新聞も発行されない時期に、一日に何通も通知が届く異常さがあった。そして、武器の使用も支持されたのかもしれない。実際、片柳村で殺された姜大興(カン・デフン)さんは、槍と日本刀で殺されている。

朝鮮の虐殺被害者の数は、数千人と言われていますが、日本人が戦前に建立した墓碑、追悼碑には朝鮮人の死亡経緯はほとんど記載されていないし、書いてあっても「殉難」「客死」「遭難」など事実からは程遠い記載となっている。常泉寺の墓も虐殺の事実や虐殺の主体の記載が不明だけれど、事件直後(大正12年の年内)に片柳の旧染谷村の人々「染谷一般」が「朝鮮人姜大興」と刻んだ墓を建てて供養している。当局は朝鮮人が虐殺された事実を隠そうとしていた時期に、「朝鮮人姜大興」と刻んだ墓を建てた事だけでも意味があり重要だと思う。

次に映画監督・呉充功さんから話がありました。

姜大興さんのご遺族の消息がわかったのです。現在はお孫さんがいます。姜大興さんは4人兄弟で、弟さんも強制徴用で広島に行き被爆しています。「男子は絶対に日本の土を踏まない」と言い伝えられてきているそうです。辛い。

姜大興さんのお墓が韓国にもあり、毎年9月4日に法事をしているとのこと。常泉寺と全く同じ日でびっくりしました。また、韓国では、様々な犠牲者に対する法律があるけれど、関東大震災の被害者に対する法律は調査しようがないとのことでないそうです。

遅刻して行ったので、お墓参りは講演のあとしました。今日もたくさんの方が参加していました。安倍首相はアジアで行った侵略についていつまで誤ればいいんだ。と歴史に真摯に向き合おうとしませんが、歴史は消すことができません。真摯に向き合うことで、加害者だった国民と被害者だった国民の友好ができるのだと思います。

今日のこの取り組みは本当に大事な取り組みだと思い、学習も続けていきたい。

帰宅して、急いで夕飯を作り、6時半からの大宮駅西口の戦争反対大行動に参加しました。

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呉監督

呉監督

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大宮駅西口はすごい人ひと人

大宮駅西口はすごい人ひと人

 

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