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2014-08-16(22:22) 平和 雑記

14日早朝4時から長野県立科町の実家に帰省。夫と次女と3人で。

実家の義母は今年86歳。親孝行をしたいと思っていても、ちょくちょく帰れず心苦しい限りです。夫は、定年後は長野で暮らしたいと思っているようですが、どうなる事やらです。

さて、15日は終戦記念日でした。義母の兄さんの具合が心配で、お見舞いに行きました。上田に住んでいます。リハビリをしながらなんとか歩けるようになったと言うことですが、口は相変わらず、達者で、お元気そうな姿にホッとしました。また来ます。と言ってお暇をすると、やさしい笑顔で送ってくれました。

伯父の家をお暇してから、松代大本営跡地の見学に3人で行きました。

地下壕入口付近は整備されて、10年以上前に来た時とは比べようもないほどでした。説明のボランティアの方も数人いて、その説明もしっかりしており良かったです。

今回新聞に、松代地下壕の説明看板に、労働をさせられた朝鮮人の方達が強制的に連れて来られたという表記に対して、テープを張って修正をするという、お粗末なことを長野県が行った、と報道されました。戦後、関係書類はみな燃やされてしまい、証拠が残っていません。そのことをもってして、強制性がなかったというのは、なんだか従軍慰安婦の件と似ています。責任者が分らず、みんな責任転嫁しているようです。歴史は正しく認識してほしいと思います。そして、不確かな事(全員の事実でない)なら、そのように記載すればよいのではないか。松代に関しては、高校生がその歴史に前向きに取り組んでいるのですから、行政が無責任な対応をする事は恥ずかしいことです。

地下壕は天皇の住居も作っており、その地下壕は離れた所でしたので、昼食後車で移動してみてきました。昭和天皇が来ると言うので、地域住民は転居させられたと言うことです。男手もなく、高齢者と女性と子ども達で、どんなに大変だったか。結局地下壕は使わなかったので、再度引っ越しをさせられたのです。戦争の理不尽さの、氷山の一角です。

歴史認識や憲法解釈に関して、自治体職員の自身の無さが目立ちます。

今回、スマホからの投稿が出来ずに、帰宅してからの投稿です。

ボランティアさんの説明を聞く見学者。真ん中に見える明かりは、労働者たちが住んでいた小屋のある入口。

ボランティアさんの説明を聞く見学者。真ん中に見える明かりは、労働者たちが住んでいた小屋のある入口。

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長野と言えばお蕎麦。ミニ天丼とざる蕎麦ランチを食べました。お蕎麦の腰がもう少し欲しかった。

長野と言えばお蕎麦。ミニ天丼とざる蕎麦ランチを食べました。お蕎麦の腰がもう少し欲しかった。

長野の日本共産党も頑張っていました。

長野の日本共産党も頑張っていました。

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